卵巣がんとは、いうまでもなく卵巣に発生する悪性腫瘍です。しかし卵巣が他の臓器と大きく異なるところは、性腺であることです。そのため新しい生命を作り出すための胚細胞(卵子のおおもとの細胞)やその胚細胞が卵子へ成長していく段階をサポートする間質細胞があります。そして他の臓器と同様な粘膜上皮や間質の部分があり、卵巣がんはその粘膜上皮から発生します。ところが、卵巣に発生する悪性腫瘍は卵巣がんだけではなく、その他の胚細胞や、間質細胞から発生するものも考えておかなければなりません。
子宮の両側に位置している卵巣は母指頭大の大きさで、そこには被膜とよばれる卵巣上皮とそれに囲まれた卵巣実質があります(図1)。
図1 卵巣の位置と構造
卵巣の特徴は性腺であることで、実質のなかには胚細胞とよばれる未熟な細胞群や、性索とよばれる間質細胞が存在します。胚細胞群からは、毎月数個ずつ原始卵胞を経て成熟卵胞に発育するものが繰り返し出現し、生殖機能に携わっております。その過程において間質細胞からは、エストロゲン(卵胞ホルモン)とよばれる女性ホルモンが分泌され、子宮内膜や、乳腺の上皮細胞の発育を促して、女性特有の性周期を形成しています。
このように、卵巣の中には非常にたくさんの役割の異なった細胞が存在するために、卵巣にできる腫瘍は、非常に多くの種類があります。そのため卵巣に発生する腫瘍は、その由来となる細胞によって大きく3種類に分類されています。すなわち表層上皮性腫瘍、間質性腫瘍、胚細胞性腫瘍の3種類です。また一方で、卵巣腫瘍はその性格によって、良性腫瘍、境界悪性腫瘍、悪性腫瘍と3種類にも分類されています。卵巣には、人間の体にできるすべての腫瘍ができる可能性があるといっても過言ではありません。しかし卵巣に瘤(腫瘤)を作ってくる病気はこれだけではありません。腫瘤をつくる病気には、腫瘍という自分で勝手に大きくなってくる(自律性増殖する)ものと、非腫瘍性病変(自律性増殖をしないもの)があります(表1)。臨床的にはいずれも卵巣が腫れていることで発見されますので、その鑑別(見極め)は大事になります。
表1 卵巣の腫瘍性病変と非腫瘍性病変
□腫瘍性病変(卵巣腫瘤の75%):良性、境界悪性、悪性
□非腫瘍性病変(卵巣腫瘤の25%)
卵巣はもともと母指頭大ほどの大きさしかありませんし、完全に腹腔内臓器であるので、5㎝くらいまでの腫瘤ですとほとんど気が付かれることがありません。そのため卵巣腫瘍は、卵巣がんをふくめてsilent disease(サイレントデイジーズ:静かなる病気)とも言われております。発生原因としては、疫学的な検討より喫煙歴とか、排卵誘発剤の使用をあげる報告もありますが、詳しいことは解っておりません。そこで早期発見するためには、検診や人間ドックなどを受けてもらうことが不可欠です。しかし残念なことには卵巣がん検診は、いまだに法律による規定がなく、全て自費検診にたよらざるを得ないのが現状です。
卵巣の腫瘍(腫瘤)性病変は、細胞検査や生検などによって手術前に診断を行なうことができません。卵巣がんが非常に進行した場合、例えば腹水が多量に貯留してその腹水を採取することができた時や、体の外側からとどくところまで病気が進んでしまって、その場所から病変の一部を採取できるようになった場合は例外です。そこで多くの場合は、手術の前に、その性格を推定診断しなければなりません。そのために最も有効な所見は何かというと、その腫瘤が嚢胞性か充実性かを知ることです。それは診察の所見でも画像診断の所見でもかまいません。腫瘍の内腔が均一に液体で満たされている嚢胞性の場合はほとんどが良性腫瘍であるのに対して、腫瘍の実質が認められる充実性の場合には70%が悪性、15%が境界悪性腫瘍、すなわち85%が悪性の性格をもつ腫瘍であります。さらに充実性の部分が、均一のパターンを呈するものは莢膜細胞腫や線維腫といった良性腫瘍のことが多いのですが、不均一のパターンの場合には悪性腫瘍の頻度がきわめて高くなります。
20歳未満の若年者に発生する卵巣腫瘍は、胚細胞由来の腫瘍が多く、そのなかでも最も頻度の高いものは、成熟嚢胞性奇形腫(皮様嚢胞腫)であり、良性腫瘍です。卵巣の奇形腫のなかには、境界悪性腫瘍や、悪性転化したものもありますが、頻度はきわめて低くなっています。20歳から50歳までの成熟期の女性の卵巣腫瘍は、その85%が嚢胞性腫瘍、15%が充実性腫瘍であります(図2)
充実性腫瘍のうち前述のように70%が悪性腫瘍ですから、この年代層では卵巣腫瘍全体の約10%が卵巣がんであるといえます。50歳以上の年代においては、すなわち更年期を過ぎた年齢層では、充実性腫瘍の割合が60%と増加します。言い換えれば、閉経後の卵巣腫瘍は半数が悪性腫瘍であるということになります。
図2 成熟期の女性の卵巣腫瘍
参考 代表的な卵巣嚢腫
症状のある場合に限られますが、まずは問診です。下腹部の膨満感や腫瘤感がないかどうか、最近ウエストがきつくなってきていないか、下腹部に痛みはないか等です。卵巣の腫瘤は小さくても、それがよじれる場合があり、これを茎捻転と呼びますが、かなりの激痛を伴うことがあります。
卵巣の腫瘍の大きさ、性状、すなわち硬いところや軟らかいところがないか、また腹水は溜まっていないかなどを見極めます。
超音波検査、CT(コンピューター断層)検査、MRI(電磁波イメージ)検査などです。
おもに腫瘍が産生する蛋白質(腫瘍マーカー)やホルモンなどの定量を行います。これは採血検査によって、血清中に増加した腫瘍由来と考えられる物質を測定します。現在人間ドックでもこれを測定しているところが増えてきています。卵巣由来の代表的な腫瘍マーカーには、CA125,CA19-9,CEA,AFP,LDH,CA72-4,TPA,STNなどがあります。またホルモンとしてはエストロゲン、アンドロゲン、甲状腺ホルモン、HCGなどが測定されます。(表2)
表2 生化学検査のあらまし
主な腫瘍マーカー | 主なホルモン |
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卵巣がんの治療に関しましては、日本婦人科腫瘍学会が2004年10月に「卵巣がん治療ガイドライン」第1版を刊行して、その後数年ごとに改版されています。施設による格差を除く目的をふくめた標準的治療指針が示されております。これ以下には、そのガイドラインに基づいて解説を行います。
病理診断上では、卵巣がんは表層上皮性、間質性の悪性腫瘍を意味しますが(狭義の卵巣がん)、胚細胞性の悪性腫瘍や転移性の悪性腫瘍、絨毛がんも臨床的には予後も悪く、卵巣がんと同等に取り扱わなくてはなりません。狭義の卵巣がんは上皮性腫瘍であることから、他の臓器に発生するがんと同様に、その進行の具合を表す臨床進行期分類が定められております。卵巣がんは手術時に病理診断されることが多いため、この進行期は手術で摘出されたものを十分に検討した結果によって決定される術後進行期であります(表3)。
それに加え、病理診断によって得られたがんの病理組織型によって、治療の方法は決定されます。
表3 卵巣癌の進行期分類(日産婦2014、FIGO2014)
I期:卵巣あるいは卵管内限局発育 | |
IA期 | 腫瘍が片側の卵巣(被膜破綻※1がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液※2の細胞診にて悪性細胞の認められないもの |
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IB期 | 腫瘍が両側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの |
IC期 | 腫瘍が片側または両側の卵巣あるいは卵管に限局するが、以下のいずれかが認められるもの |
IC1期 | 手術操作による被膜破綻 |
IC2期 | 自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤 |
IC3期 | 腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの |
II期:腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、さらに骨盤内(小骨盤腔)への進展を認めるもの、あるいは原発性腹膜がん | |
IIA期 | 進展 ならびに/あるいは 転移が子宮 ならびに/あるいは 卵管 ならびに/あるいは 卵巣に及ぶもの |
IIB期 | 他の骨盤部腹腔内臓器に進展するもの |
III期:腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、あるいは原発性腹膜がんで、細胞学的あるいは組織学的に確認された骨盤外の腹膜播種ならびに/あるいは 後腹膜リンパ節転移を認めるもの | |
IIIA1期 | 後腹膜リンパ節転移陽性のみを認めるもの(細胞学的あるいは組織学的に確認) |
IIIA1(i)期 | 転移巣最大径10mm以下 |
IIIA1(ii)期 | 転移巣最大径10mmを超える |
IIIA2期 | 後腹膜リンパ節転移の有無関わらず、骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの |
IIIB期 | 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cm以下の腹腔内播種を認めるもの |
IIIC期 | 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cmを超える腹腔内播種を認めるもの(実質転移を伴わない肝臓および脾臓の被膜への進展を含む) |
IV期:腹膜播種を除く遠隔転移 | |
IVA期 | 胸水中に悪性細胞を認める |
IVB期 | 実質転移ならびに腹腔外臓器(鼠径リンパ節ならびに腹腔外リンパ節を含む)に転移を認めるもの |
卵巣がんが疑われたときには、確定診断、すなわち進行期と病理診断をつけるために開腹手術を行います。そして手術によって病変のある卵巣、もしくは明らかな転移巣などを切除して、病理診断を手術中に施行します。これを迅速病理診断といいます。仮に腫瘍が良性であった場合には、腫瘍の切除によって病気は取り除くことが可能ですから、それで手術は終了となります。がんと診断された場合には、子宮、卵巣全摘術+大網切除術+後腹膜リンパ節郭清術手術術式が選択されます。
腫瘍が肉眼的に完全に切除可能である判断された場合には、根治手術が施行されますが、完全切除が不可能な場合には、一部組織をとって診断をつけるだけで終わることもあります
それ以外の化学療法としては、再発卵巣がんに対する化学療法がありますが、再発するまでの期間が半年以内の場合には、第一選択薬が耐性となったと判断され、異なった第二選択薬が使用されますが、半年以上経過している場合には第一選択薬が再度使用されます。