重症筋無力症は、自分の体の成分に対する抗体(自己抗体)が出現することにより病気が起きる「自己免疫疾患」の一つです。多くの場合、体の各部分に存在する末梢神経と筋肉との継ぎ目(神経筋接合部)において、筋肉側の受容体が自己抗体により破壊されてしまい、神経から筋肉に信号が伝わらなくなってしまいます。
このために、筋肉がすぐに疲れて力が入らなくなるという症状が起こります。特に、瞼が下がってくる(眼瞼下垂)、ものが二重に見える(複視)などの眼の症状を起こしやすい点が特徴です。眼の症状だけの場合は眼筋型、全身の症状があるものを全身型とよんでいます。また、嚥下がうまくできなくなる場合や、重症化すると呼吸筋の麻痺をおこし、呼吸困難を来す場合もあります。
重症筋無力症の高齢者での頻度は世界的に増加傾向と報告されていますが、これはこの疾患が広く知られるようになったためと考えられます。日本での2006年の調査では、推定有病率は人口10万人あたり11.8人という調査結果が出ています(難病情報センター)。男女比は1:1.7で女性に多く、発症年齢は5歳未満に一つのピークがあり、その他女性では30歳台から50歳台、男性では50歳台から60歳台にピークがあります。
この病気の筋力低下の原因としては、神経筋接合部に存在するいくつかの分子に対して自己抗体がつくられ、神経から筋肉に信号が伝わらなくなるためと考えられています。
自己抗体の標的として最も頻度が多いのがアセチルコリン受容体で、全体の80~90%程度でこの受容体に対する抗体が検出されます。しかし、眼筋型の患者さんの半数程度では、抗アセチルコリン受容体抗体が陽性にならないと報告されています。こうした患者さんの中には抗体の量がごくわずかで、一般的な検査では検出できない人も含まれていると考えられます。また、抗アセチルコリン受容体抗体が検出できない患者さんの40%程度では、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)に対する抗体が検出されます。そのほかにも、2011年には抗低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白質4(LRP4)に対する抗体も報告されました。しかし、なぜこのような自己抗体が患者さんの体内で作られているのかは、いまだにわかっていません。また、これらのいずれも陽性にならない患者さんもいます。抗アセチルコリン受容体抗体をもつ患者さんの約75%に胸腺の異常(胸腺過形成、胸腺腫)が合併することから、何らかの胸腺の関与が疑われています。
この疾患の症状の中心は、変動する骨格筋の筋力低下です。この症状は骨格筋であればどこでも現れますが、特に眼瞼下垂、複視などの眼の症状が起こりやすいことが特徴的です。また、のどの周りの筋肉に症状が出ると、話したり、噛んだり飲み込んだりする際に障害がでます。四肢の筋力低下が強い患者さんもいます。重症化すると、「筋無力症クリーゼ」という状態になり、呼吸筋麻痺や嚥下の障害により命に関わる場合があります。
問診や症状、診察所見とともに、いくつかの検査で診断が確定します。
神経と筋肉の間の刺激の伝達を改善させる薬剤(塩酸エドロフォニウム)を静脈注射して、眼や全身の症状の改善が得られるかどうかをみます。
手、肩、顔などに電極を置き、反復する電気刺激を与えながら得られる波形を観察します。
重症筋無力症の患者さんの波形
正常な波形
重症筋無力症の患者さんでは、反復する電気刺激を与えると、波形の振幅が減っていく現象がみられます。
胸部X線検査、CT検査、MRI検査、PET-CT検査などの画像検査によって胸腺の状態を観察します。
いくつかの治療法がありますが、患者さんの症状や状態に応じて選択されます。
神経から筋肉への信号伝達を増強する薬剤です。
抗体の産生を抑制する治療として、ステロイド、免疫抑制薬の飲み薬や点滴があります。長期にわたり飲み薬の継続が必要となる場合も多く、こうした薬剤の副作用には注意が必要です。特にステロイドでは、糖尿病や高脂血症、肥満、骨折、白内障などに注意が必要です。そのほか、前述した「筋無力症クリーゼ」を来した場合などには、抗体を取り除く血液浄化療法、大量の抗体を静脈内投与する大量ガンマグロブリン療法などを行います。
一般的には抗アセチルコリンレセプター抗体陽性例では、胸腺の関与が考えられますので、胸腺を外科的に取り除くことが多いです。手術を行う前後から、抗アセチルコリンエステラーゼ薬やステロイドの治療を開始することがあります。また、術後症状が悪くなる場合は、血液浄化療法なども行われます。
この疾患に限ったことではありませんが、ここに記載した治療法の選択、組み合わせは個々の患者さんの背景に応じて、その都度判断する必要があります。重症筋無力症は、名前に「重症」とついていますが、約半数の患者さんは日常生活や仕事上支障のない生活をおくることができる病気であり、適切な時期に診断、治療を行うことが大切です。
当科では複数の専門医でディスカッションをしたうえで、治療法の科学的な根拠を示し、個々の患者さんの背景を考慮した治療法をご提示しています。また、重症筋無力症は厚生労働省の指定難病となっています。必要に応じて介護サービスなどの利用も合わせて、適切な療養環境を整えていくことも大切です。