「腕が上がらない」
「箸が思うようにつかえない」
「階段がうまく登れない」
「転びやすい」
「手足がピリピリする」
もしこのような症状があれば、それはCIDPという病気のサインかもしれません。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy:CIDP)とは、四肢の筋力低下やしびれ感をきたす末梢神経の病気で、2か月以上にわたっての進行、または再発がみられるものです。末梢神経に対する免疫異常により、神経線維を覆う膜構造が破壊されることで生じると考えられています。
CIDPでは髄鞘と呼ばれる神経線維を覆う膜が損傷されます。神経線維は電線のように、神経の電気活動を伝えていますが、この電線を覆うカバーである髄鞘が自分の免疫で壊れている状態です。この髄鞘がはがれる状態を”脱髄”と呼びます。その結果、神経の電気信号の伝達が障害され、上のような症状が出現します。
末梢神経には筋肉を収縮させる運動神経と、感覚を脳に伝える感覚神経の二種類があり、いずれの神経も障害され神経伝導がうまくいかなくなることで、以下のような症状が出ます。
まず、末梢神経障害を検出するのに一番重要な神経伝導検査を実際の症例を挙げつつ説明します。
図1は膝の裏からふくらはぎ、足の裏を走る神経である脛骨神経の運動神経伝導検査を行っている場面です。記録電極を足に貼り付け、内くるぶしと膝の裏を皮膚の上から電気刺激を加え、筋肉に生じる電気活動を記録することで運動神経の伝わり具合を調べます。
図1.脛骨神経伝導検査(左:足関節刺激、右:膝窩刺激)(被検者は当院職員)
図2.左:正常例 右:CIDP患者での神経伝導検査(上:足関節刺激時、下:膝窩刺激時)
※縮尺はいずれも横1マス10msec、縦1マス2mV
採血検査では髄鞘を破壊する抗体の有無やその他の神経障害を起こす異常がないか調べます。
また、腰部に針を刺して脳脊髄液を採取し炎症を確認したり(髄液検査)、脊髄に入る直前で神経が集まっているところ(神経根)に腫れがないかを見るためMRIを行うこともあります。
他の原因による末梢神経障害(アミロイドポリニューロパチー、Charcot-Marie-Tooth病など)との鑑別、病態評価のため外くるぶしの後ろにある腓腹神経を生検し顕微鏡を使って評価します。図3は当院でCIDPと診断された患者さんの腓腹神経の顕微鏡写真です。髄鞘をもつ有髄神経が著明に減少しており、神経の束のように集まるところが浮腫んでいたり、髄鞘がはがれたあと修復されることで玉ねぎのように分厚くなった所見(onion bulb)がみられます。
図3.腓腹神経の神経生検(左:トルイジンブルー染色 右:電子顕微鏡写真)
第一選択となる治療は、異常な免疫を抑えるための免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)、副腎皮質ステロイド、血漿交換療法などです。多くの患者さんはこれらの治療で症状が改善しますが、どの治療によく効くかは病態によって異なります。また、症状が始まってからも再燃・再発を防ぐために、ステロイドを内服する維持療法やIVIGを定期的に反復します。これらの標準的な治療法で炎症の勢いが抑えきれない場合には、体内で過剰に起こっている免疫反応を抑える免疫抑制剤を追加することがあります。また近年では、生物学的製剤と呼ばれる特殊な薬剤を使用することもあります。個々の患者さんの病態や生活にあった治療法を見極めていくことが重要です。