膝関節には4本の靭帯がありますが、その中で最も機能的に重要なACLは膝関節の中央に位置し、脛骨(すねの骨)の前方と大腿骨(太ももの骨)の後方の間を走行する靭帯です(図1)。大腿骨に対して脛骨が前外方にずれる (専門的には“亜脱臼する”といいます)のを防ぐ、とても重要な役割を担っています。
図1.正常ACLの関節鏡視像
図2.ラグビーで受傷し完全に
断裂したACL(受傷後1週の関節鏡所見)
ACL損傷の診断・治療になれているスポーツ専門医ならば、患者さんから受傷の状況やその後の様子を聞くだけでACL損傷と予想がつきます。さらに診察でACL損傷に特徴的な所見があればそれと確信され、MRIを撮影することで最終的に確認します。MRIではACL損傷にたびたび合併する半月板損傷や関節軟骨損傷の診断もでき、その後の治療方針を決める上で必須の画像検査です。
ACL損傷後、時間経過とともに膝の腫れや痛みはおさまり、膝がよく動くようになるとスポーツを再開する場合も見受けられますが、不安を感じるために思いきりのスポーツ動作はできなくなっています。さらに、無理をしてスポーツを続けると膝崩れ(ガクッと膝が抜ける、亜脱臼)がおこり、半月損傷や関節軟骨損傷などの合併損傷がおこる可能性があります。これを放ったままさらにスポーツを続けると、外傷後変形性膝関節症へ進行することになり、日常生活でも膝に痛みを抱えることにもなりかねません。以上のような理由から、スポーツ活動の継続を希望されるならば、プロからレクリエーショナルレベルまで、そのレベルにかかわらずACLの機能を回復させることが必要であり、ACL再建手術は必須です。
また、特別なスポーツ活動をしていない方でも中学・高校体育の授業活動などで図らずもACL損傷を受けてしまった場合、将来のスポーツ活動の困難や日常生活での不安などの可能性を考えれば、再建術をためらう必要はないと私たちは考えています。
一方、保存的治療(手術を受けない治療法)は現在まできっちりとしたプログラムがなく、成功を収めている例はほとんどありません。ACL再建手術を希望されない場合には膝周囲の筋力訓練を励行し、スポーツ活動は膝に負担がかからない運動、例えばジョギングやクロールなどの水泳程度に抑えておくのがよいでしょう。
ACL損傷後にいろいろな理由から手術療法を選択せず、スポーツ活動をやめた患者さんでも、階段や段差を降りる時などに膝崩れをおこす方が時にいらっしゃいます。そのような患者さんでは、そのまま放置しておくと将来、外傷後変形性膝関節症に進行することが予想されます。日常生活で膝崩れがおこる場合には、スポーツを行わない方であっても、ACL再建術を受けることを強くお勧めします。
手術操作は関節鏡を用いて行います(図3)。そのため手術侵襲は小さく、関節軟骨などの関節内組織に“優しい”手術です。
図3.当院での関節鏡視下手術の様子
モニターに膝関節内が映し出されている
ACL再建術では、従来1本の太い靭帯として再建してきました。しかし、正常なACLはねじれのある形状をしています。すなわちACLはAM束(antero-medial bundle、前内側束)とPL束(postero-lateral bundle、後外側束)の二つの線維束からなり、それぞれが機能分担していることが解剖学的研究、バイオメカニクス研究により明らかになっています。ですから、従来から行われてきたように1本の太い靭帯を作る(single bundle再建、一束再建)だけでは不十分で、二本の靭帯で再建靭帯を作る (anatomical double bundle再建、解剖学的二束再建術)ことによって、本来のACLに近い機能を回復させることが必要です。東京逓信病院整形外科関節鏡センターでもanatomical double bundle再建術を行っています。具体的には、再建靭帯の素材として手術同側の膝屈筋腱(半腱様筋腱、必要があれば薄筋腱も)を採取し、大腿骨と脛骨のACL付着部内の正確な位置にAM束とPL束の骨トンネルをそれぞれ作成し、二本の再建線維束がねじれの位置になるように(図4)腱を移植してチタン製の固定具で固定します。
図4.再建靭帯移植後の関節鏡視像
二本の再建靭帯がねじれの位置にある
手術後1年の関節鏡視像を図5に示します。再建靱帯は周囲をきれいな膜(滑膜と言います)に覆われ、血流、volume、走行全てにおいて良好です。もちろん、スポーツ復帰も良好です。
図5.術後1年における再建靭帯の関節鏡視像
さらに、ここ数年の流れとして、切れてしまった靱帯断端(レムナントと言います)をどのように扱うか、学会で盛んに議論されています。受傷後数年経過すると断端は徐々に吸収されて無くなってしまいます。また、すぐに手術をして断端が残っている場合でも、これまでは手術の正確性を期して断端を切除していました。しかし、受傷後早期であれば残存する断端には豊富な血流とともに関節位置覚を察知する神経終末も残っていることが明らかになっています。ACL再建術では血流と神経が途絶えた状態で腱を移植しますから、血管が早期に進入しやすいように、また、残っている神経終末をそのまま生かせるように、断端の中に靱帯を通すように再建すれば(図6)成績がさらに改善し、スポーツ復帰も早期化できる可能性があります。手術手技的には煩雑で難しくなりますが、東京逓信病院整形外科関節鏡センターではACLの断端を残し、その中を通して二重束再建を行う術式をおこなっています。レムナント温存解剖学的二重束再建術術後1年で撮像したMRI像(図7)をみると、2本の移植腱が断裂端とともにみごとに生着しているのがわかります。
図6.レムナント温存解剖学的二重束再建術後鏡視像
図7.レムナント温存解剖学的二重束再建術1年後のMRI像
手術でできる傷は脛骨前面の内側に3㎝程度のものが1つと、膝関節周囲に1㎝以下の傷が数個で、とても小さな傷で手術可能です。入院期間は術後約2週間です。
当院では、膝屈筋腱を用いた解剖学的二束再建術の他に、両端骨片付きの膝蓋腱(Bone Tendon Bone;BTB)を用いた手術法も患者さんのスポーツ種目や筋力を考慮し行っています。
BTBによる再建術では膝伸展機構の一部を採取しますので、早期には膝伸展筋力の低下が危惧されますが、術後リハをしっかり行えばスポーツ復帰に問題となることはありません。膝屈筋を強く使う必要があるスポーツ種目では、BTBを移植腱として用いることが有利です。
BTBを用いた再建術においても屈筋腱を用いた二束再建法と同様に、解剖学的位置に骨孔作製することが手術のカギとなります。大腿骨側の解剖学的なACL付着部に移植腱の骨片形状に合わせた長方形の骨孔(anatomical rectangular tunnel;ART)を穿ち、BTBを正確に移植し、固定します。脛骨側の骨孔も正確な位置に作製し、関節内で移植腱が正常なねじれの形態を再現するように固定します。固定にはチタン製の固定具を用います。この方法はShino らが開発し、ART-BTB ACL再建術と呼ばれています。術後のリハビリスケジュールは屈筋腱を用いた再建術と同様です。スポーツ復帰状況は二つの移植腱の間で差はありません。
図8.ART-BTB ACL再建術の術後鏡視像
A前方外側より、B前方内側より鏡視(同一患者さんの再建靱帯)
Bでは再建靱帯走行にねじれがあることがわかる
ACL損傷の合併損傷として、半月損傷がときにみられます。その場合には、ACL再建術と併せて半月縫合術を施行します。半月板も関節軟骨を守り、膝の安定性にも寄与する重要組織ですから、なるべく縫合術をおこない温存するように努めています。
図9.内側半月縫合術術後の鏡視像
また、治癒困難が予想される症例に対しては、患者さん自身の血液から作ったfibrin clotをもちいた半月縫合術を行っています。
図10.Fibrin clotを用いた半月縫合後の鏡視像
ACL 再建術後のリハビリは非常に重要なものです。これをおろそかにするとせっかく良い手術を受けてもスポーツに復帰できなかった、ということにもなりかねません。東京逓信病院では元のレベル以上のスポーツ完全復帰をゴールと考え、そこに至るためにいつ、どのようなリハビリテーションが必要なのかを患者さんごとに考えながら術後のリハビリを進めています。リハビリテーションにも理論があり、ACL術後のリハビリテーションとして安全な動作と危険な動作がバイオメカニクス研究から明らかにされています。また、再建靱帯が生物学的に成熟し、骨トンネル内で強固に固着するためには一定の時間が必要なことが動物実験から明らかにされています。いたずらに速いだけのリハビリテーションやスポーツ復帰がよいわけではありません。我々は術後の経過期間を考えながら安全にリハビリテーションを行えるよう、その時期に応じたリハビリ種目の指導をしています。具体的には、各個人がもともと持つ筋力や術後の筋力回復、膝関節可動域回復の具合により異なりますが、大雑把にはジョギング開始が 2~3 か月後、ジャンプ、ダッシュ、サイドステップなどの負担の大きな動きが 4~5 か月後、対人接触のない種目練習が 5~6 か月後、スポーツへの完全復帰は 6~8 か月を目安にしています。東京逓信病院のリハビリテーション科は長年の経験から、術直後からスポーツ復帰まで確実なリハビリを遂行でき、自信を持っておすすめできる施設です。