膝関節には4つの重要な靭帯があります。そのうち、膝関節の中心にあるのが 前十字靭帯ACLと後十字靭帯PCL(図1・2、正常PCLの鏡視所見とMRI画像)です。前十字靭帯断裂は膝靭帯損傷の中で最も頻度が高く、スポーツ選手が受傷することも多いのでみなさんもよく耳にするのではないでしょうか。一方、PCLはその頻度は少なく、ACL損傷の6分の1から7分の1の頻度という報告があります。PCL損傷の受傷機転は、膝前方からの強打で、スポーツではラグビーやアメリカンフットボールなど選手同士の接触の多い、いわゆるコリジョンスポーツで多くみられます。また、その他では交通事故や転倒でも受傷します。
図1.正常PCLの関節鏡視像(赤矢印)
滑膜に覆われているため、靭帯線維そのものは見えていない。
交差するACL(黒矢印)はピンと張っている。
図2.正常PCLのMRI画像
黒く太い靭帯線維が描出されている。
急性期が過ぎて動けるようになっても、違和感が残っている事が多いのがこのケガの特徴です。ACL損傷のような、ストップ、ジャンプ、カッティングなどの急激な動きができない、あるいはそのような動作で膝崩れ(giving way)が起こるなどの特徴的な症状がありません。スポーツを行うと違和感や痛みが出る、腫れるといった一般的な症状が続きます。半月板損傷をその後に発症すると、そのための痛みが強く出現することもあります。
日常生活では、座位など同一の姿勢を長時間続けると膝にうずくような痛みが出現することがあり、PCL損傷患者さんが映画館で長時間座っていると痛みが出現することに因んで、そのような症状を『ムービーサイン』といい、PCL損傷を疑うサインとされています。
上記のような受傷機転、急性期、慢性期の症状があればPCL損傷を疑います。診察所見では膝関節後方不安定性を示す後方引き出しテスト陽性、sagging兆候陽性などの所見がみられ、後十字靭帯損傷の診断がなされますが、さらにMRI撮像によって診断が確定します(図3)。半月板断裂や軟骨損傷など合併損傷の有無を調べるためにもMRIは必須の検査です。
図3.陳旧性後十字靭帯断裂のMRI画像
後十字靭帯は消失し瘢痕組織のみ見られる(赤矢印)。
白矢印は遺残するPCL断端。正常膝では黒く太い靭帯が弧状に走行してみえる(図2)。
まず、最初は保存療法を行います。大腿四頭筋などの筋力強化を行い、膝の安定化を図ります。膝の後方動揺性がさほど大きくなければ、3か月間の保存療法で日常生活には困難なく、またスポーツ活動も可能となり、手術療法を必要としない患者さんも多くいらっしゃいます。
一方、膝の前後動揺性が10㎜を超えるような不安定性がある場合には保存療法だけでは不十分で、スポーツ活動での支障をきたし、また日常生活でも疼痛が残る場合があります。そのような場合には関節鏡視下に靭帯再建術が適応になります。まず、関節鏡視でPCL断裂を確認します(図4)。併せて、半月板断裂の有無を確認し、必要に応じて半月板縫合術を行います。PCL再建術はACLと同様、腱を移植することで機能回復を図ります。
当院では膝屈筋腱を移植腱として使用しています。大腿骨、脛骨の解剖学的な付着部にそれぞれ2つの骨孔を開け、AL束(antero-lateral束、前外側束)とPM束(postero-medial束、後内側束)という2本の線維束を正確に再現します(図5、6)。当院での入院は約3週間で、おおよそ3か月後からランニング開始、6か月後から徐々にスポーツ活動を再開し、8か月で元の競技種目への完全復帰を目指します。
図4.陳旧性PCL断裂の関節鏡視像(図3と同一患者さん)
本来あるPCLが完全に断裂し、断端(赤矢印)が残っている。
ACL(黒矢印)はPCL断裂の影響で弛緩している。
図5.大腿骨側移植腱の前内側からの関節鏡視像(左膝)
AL束(赤矢印)とPM束(黒矢印)。
図6.脛骨側移植腱の後内側からの関節鏡視像(左膝)
AL束(赤矢印)とPM束(黒矢印)。
以上、PCL損傷の診断、治療について概説しました。当院整形外科関節鏡スポーツセンターはPCL再建術を含め関節鏡治療を得意とし、また経験豊富なリハビリテーションスタッフによる術後リハビリ療法にも精通しており、患者さん一人ひとりに良好な結果が得られているものと自負しています。
PCL損傷を受傷したかもしれない時、PCL損傷と診断されたけれどもその後の経過が思わしくない時などには、当院整形外科関節鏡スポーツセンター担当医にぜひご相談ください。