従来、超音波による観察対象は心臓や肝臓といった身体の深い場所にある臓器が中心であり、腱や靭帯といった皮膚に近い場所にある組織を詳しく観ることは困難でした。そのため、内科や産婦人科の診療では古くから非常によく利用されてきましたが、整形外科においてはごく限られた範囲でしか使われていませんでした。
しかし近年機器の性能が著しく向上し、浅い場所の組織を詳細に評価できるようになったことで、整形外科領域においても超音波を活用した診療が普及しつつあります。
当科では機器を外来に常設し、超音波の利点を最大限に活用して、腱・筋肉・靭帯・神経などの病気・けがでお困りの患者さんの診療に役立てております。
当院整形外科外来に
常設している超音波機器
レントゲンに写らない組織(筋肉、腱、靭帯、神経など)に由来する疾患が中心ですが、一部の骨折などに用いることもあります。下記以外にも多数の対象疾患がありますので、受診時に担当医にご相談ください。
腱 鞘 炎 : ばね指、デュケルバン腱鞘炎 など
変性疾患 : 上腕骨外側上顆炎、肩腱板損傷 など
神経絞扼性疾患 : 手根管症候群、肘部管症候群 など
腫 瘍 : ガングリオン、ベーカー嚢腫 など
外 傷 : 骨折、靭帯損傷、腱損傷、小児外傷 など
炎症性疾患 : 関節リウマチ、感染 など
変形性関節症 : 母指CM関節症 など
(赤字は超音波を用いて診察を行う機会の特に多い疾患です)
東京逓信病院手外科超音波外来で特に力を入れている取り組みについてご紹介します。
ばね指は外来で診察する機会の多い疾患で、腱鞘炎が長く続いた結果、腱がスムースに動かなくなることで起こります。指を曲げ伸ばしする際に引っかかったり、強い痛みが生じたりします。
ばね指の患者さんが受診された場合、まず超音波で状態の評価を行います。具体的には腱鞘の厚みを測定したり、指を動かしながら観察を行って腱がどの部位で引っかかっているのか確認したりします。これらは、ばね指の重症度を判定する目安となります。
腱鞘と腱の超音波画像(左:健常例、右:ばね指症例)
ばね指症例では、腱鞘の著明な肥厚が見られる(矢印)
ホッケースティック型プローブを用いたばね指症例の評価
指を広く動かすことができ、腱のひっかかりの観察に有用である
軽症の場合には安静や外用剤、ストレッチなどのリハビリテーションで対応しますが、中等症以上の方には、基本的にステロイド剤の注射による治療をお勧めしております。
ばね指の注射は針先の感覚をもとに行う方法が一般的ですが、薬液がどこに入っているか見えないため、用いる薬剤の量が多くなりがちになるという欠点があります。当科では注射の際にも超音波を用い、画像を見ながらピンポイントで薬液を注入することで、最小限の薬剤量で最大限の効果を得る工夫をしております。
多くの場合、ステロイド剤の注射で治癒が見込めますが、中には注射の効果が乏しい症例、注射でいったん症状が改善しても短期間でぶり返してしまう症例があります。何度も注射を行うと、腱の断裂などの重大な合併症を引き起こすことがあるため、これらの症例ではなるべく早くに手術を行う必要があります。
当科では患者さんの症状や生活習慣、超音波検査の結果などを総合的に評価し、必要と思われる方には早期の手術をお勧めしています。
母指CM関節は、親指の付け根にあたる部分にある関節です。この関節の軟骨がすり減ったり、変形を来したりする病気を「母指CM関節症」といい、閉経後の女性によく見られることが知られています。物をつまむ、布巾を絞る、といった動作で強い痛みが生じることが特徴です。
母指CM関節症重症例では手術が行われることもありますが、多くは保存療法(手術をしない治療方法)で対応します。ステロイド剤の注射は保存療法の一つですが、母指CM関節は非常に小さな関節であり、穿刺の失敗率を40%程度とする論文もあります。X線透視といってレントゲンを見ながら行って失敗を防ぐ方法もありますが、放射線被ばくを伴う、外来診察室で行えない、などの欠点があります。
東京逓信病院超音波外来ではこれらの問題点を解決するため、超音波を見ながら注射を行っています。超音波では注射針はもちろん、薬液の動きも観察されますので、薬液が関節内へ確実に注入されるだけでなく、関節の外へ漏れ出すのを防ぐこともできます。これにより、高い除痛効果を得るとともに、ステロイド剤が漏れることによる合併症を減らしています。
母指CM関節(矢印)の超音波画像
超音波ガイド下での
母指CM関節への注射
(イメージ)
月曜午後に運動器超音波の専門外来(担当 伊藤医師、原則再診のみ)を開設している他、一般外来でも超音波を利用した診察を受けることができます。
初診の患者さんは、まず伊藤医師の一般外来(火・水午前)のご予約をお取りください。
オムロンヘルスケア株式会社ウェブサイト「健康コラム」にて、伊藤医師監修の
『手の診療に活用 有用性が高まる超音波』(http://www.healthcare.omron.co.jp/resource/column/topics/151.html)が掲載されています。