近年テレビなどのメディアによく取り上げられているヘリコバクター・ピロリ菌(H. Pylori)、皆さまには大分浸透してきたように思われます。ではなぜこの菌が注目されているのか皆さまはご存知でしょうか。
げっぷをした時、酸っぱい胃液があがってくることを感じた方も多いことでしょう。胃液はとても強い酸性の液体で、主成分は塩酸です。これは、食べ物の中の細菌を殺す働きがあるともいわれています。だから、そんな強い酸性の状況に生息する細菌がいるとは誰も考えていませんでした。しかし、この胃の中から細菌を発見してノーベル賞をもらった人達がいます。オーストラリアの医師のウォーレンとマーシャルです。この菌はウレアーゼという酵素を産生することで、アンモニアを作り、胃酸を局所的に中和し、従来細菌の生息が困難とされている強酸下の胃粘膜に生息することができるのです。
この菌の感染は慢性胃炎を起こします。たいていの人は感染しても問題がないことも多いのですが、慢性胃炎が持続し強い炎症や免疫反応が起きてくると、胃潰瘍、十二指腸潰瘍や、胃癌を引き起こすだけでなく、MALTリンパ腫やびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫などの発生につながる事が解っています。また難治性のじんましんや、特発性血小板減少性紫斑病などの胃外の病気を起こすものとしても知られています。現在、細菌の中ではヒト悪性腫瘍の原因となりうることが解っている唯一の病原体なのです。今まではピロリ菌感染を有する胃潰瘍、十二指腸潰瘍、早期胃がん、MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病の方に対して除菌療法が保険適用となっていましたが、これらの病気の予防としての除菌は自費診療となっていました。しかし、ようやく本年2月に,内視鏡検査で慢性胃炎と診断された患者さまに対してもピロリ菌の除菌が保険適用となりました。今後は胃がんの発生の予防が除菌することで可能となったわけです。
ピロリ菌の感染経路ははっきりとは解っていませんが、口を介した感染や幼少期の生水摂取が大部分と考えられています。そのため、感染率は、乳幼児期の衛生環境と関係していると考えられており、上下水道が十分に普及していなかった世代、地域の人で高い感染率となっています。そのため、団塊世代以前の人には約80%と感染が高く、若い世代の感染率が低くなっています。
では、どうやってピロリ菌の感染を証明するのでしょうか。感染の診断法には、(1)内視鏡による生検組織を必要とする侵襲的検査法として、迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法、また(2)内視鏡による生検組織を必要としない非侵襲的検査法である尿素呼気試験、抗ピロリ抗体測定(血清、便、尿)があります。ただし、どの検査にも長所と短所があり、複数の検査を組み合わせると診断の精度があがるといわれています。内視鏡による検査は侵襲的ではありますが、診断率が高いとされています。非侵襲的検査も検出率は95%程度ありますが、ある種類の胃薬(PPI(プロトンポンプ阻害薬)など)を服用されている方は、ピロリ菌が感染しているにもかかわらず陰性とでることがあります(偽陰性)。また、胃の手術をされている方は、逆にピロリ菌感染していなくとも陽性と出たりします(偽陽性)。当院では内視鏡による生検検査を第一としていますが、これは、ピロリ菌の存在診断のほかに、胃がんの除外と胃粘膜の性状(慢性胃炎の程度)を観察できるという利点があるからです。内視鏡で診断のつかない時に上記の検査を組み合わせ確実に診断するように努めています。また当院の人間ドックでは、内視鏡検査とほぼ同等の検出率があるとされているヘリコバクター・ピロリ菌の尿中抗体によるチェックを今後始める予定で、ピロリ菌感染者をひとりでも多く発見できるようになります。
治療はガイドラインで推奨されているものは、静菌作用をもつPPIという胃薬1種類と、サワシリン®、クラリス®の2種類の抗生物質を1週間内服するものですが、1回目の成功率は除菌施行当初は高かったのに、現在は70~80%程度となっています。これは、抗生物質のうちクラリス®というものに耐性菌(薬に対し抵抗性を持つ菌)が増加してきたからと言われています。この抗生剤は風邪や副鼻腔炎などに広く使用されているうちに菌が薬剤耐性を獲得したと考えられています。そのために、現在は一時除菌が失敗した場合、クラリス®をメトロニダゾールという抗生剤に変更した二次除菌までが治療の保険適用となっています。治療奏功率は90数%と高く、この2回の除菌でほとんどが除菌可能となっています。この2回で除菌できなかった場合は、現在では残念ながらPPIなどの胃薬などで菌を押さえ込んでいる状況となっています。また、治療にあたり、糖尿病患者さまでスルホニルウレア(SU)剤を服用されている方は、クラリス®の使用で重症の低血糖を起こすとの報告もあるために、ご自身の内服薬を医師に相談の上加療されることをお勧めします。
除菌を成功させる工夫として、飲酒や喫煙は薬の副作用率が増加したり、薬効が落ちたりするために、除菌薬を内服する1週間は禁酒・減煙に努めていただいています。また,最近ではヨーグルトのLG21などの乳酸菌の併用で除菌の成功率があがるという報告もあります。ただし、乳酸菌服用のみで除菌ができるというわけではありません。中途半端な治療は耐性菌を作るだけで、次回の治療が困難となります。加療のチャンスも現段階では2回ですので、加療するにあたりきちんとお薬を内服することと、健康的な生活習慣とをぜひ心がけてください。
ピロリ菌の除菌によって胃がんが予防できる時代になってきました。早期の除菌治療が大切で、慢性胃炎の期間が長ければ胃がんの発生率も上昇するといわれています。また慢性胃炎による胃もたれなどの症状も除菌によって改善するとの報告もあります。ピロリ菌感染が判明した段階で、除菌について医師に加療の相談をされてみてはいかがでしょうか。
ピロリ菌の感染様式