禁煙を決意しても、一年以上継続することは難しいことです。喫煙者の60%がタバコをやめたり、減らしたいと望みながら、いざ禁煙を行った半数は半年以内に再開し、一年後も禁煙を継続しているのは、わずか10%とされています。なぜタバコをやめられないのか、どうすればタバコをやめられるのかを一緒に考えていきたいと思います。
呼吸器内科はタバコの健康被害を最も感じる診療科です。タバコが原因である代表的病気に慢性閉塞性肺疾患(COPD)があります。この病気の方はタバコの煙により肺の細かな構造が破壊され、浅い呼吸しかできず、息苦しさが生じ、年齢とともに進行していきます。重症となると数歩歩くのも、酸素を吸いながら、喘ぎながら、休みながらで、心臓は早鐘のように打ち、健康な人が溺れかけの状態に相当する苦しみを味わいながら、わずか数歩を歩いているのです。この苦しみは1日20本以上、20年以上吸ってきたタバコの代償なのです。他に肺がん、食道がん、脳卒中、心筋梗塞など多くの重大な病気の原因にタバコはなっています。さらに家族・周囲の人にも受動喫煙を介し健康被害をもたらし、タバコの購入による経済的損失もあります。また、分煙化の浸透から喫煙者にとって喫煙場所の確保も大問題となっています。家庭や職場で周囲の冷ややかな視線を感じながら、悪事でも行っているかのような気分でタバコを吸っている状況と思います。喫煙者はタバコにより健康・経済的問題を抱え込み、家族や社会からは禁煙圧力にさらされ、苦境にあります。それでも多くの喫煙者はタバコを吸い続けます。カゼをひき咳をしながらでも、タバコを律儀に吸い続けます。なぜでしょうか?
喫煙者がタバコをやめられないのはタバコの主成分であるニコチンへの依存のためです。
ニコチンはコカインや大麻よりも依存性(自らの意志でやめることができない)の高い薬物です。ニコチンが欠乏するとイライラ感が生じ、それを抑えるためにニコチンを摂取する。するとイライラ感が消えるばかりでなく、満足感が得られます。これがタバコに対する身体的、精神的依存を作り出していきます。身体的依存(起床時の喫煙のように体内のニコチン濃度低下による喫煙)は禁煙により3週間ほどで消失しますが、心理的依存(食後、飲酒時の喫煙などニコチンの濃度低下と関連しない習慣となった喫煙)は数年後も継続します。そのため、禁煙から1、2年後に飲酒の際、同伴者からもらった一本をきっかけに喫煙が再開することも時にあります。
タバコを吸う大きな理由に気持ちが落ち着く、ストレスからリラックスできるというものがあります。これはニコチンが欠乏して生じるイライラ感をタバコを吸うことでニコチンが補給され、満足感が得られることによります。こうしたことはニコチン依存の状態でなければ起こらず、タバコを吸ったことのない人が食後やストレスを感じている時に一服しても、美味しくも、なんの満足感も得られず、不快なだけです。つまりタバコの利点と思われているものは、タバコが作り出したニコチン欠乏の症状を、タバコが癒すというもので、喫煙者はタバコの仕組んだ罠に陥り、そこから抜け出せなくなっているのです。それが無害、無償で、他人に迷惑をかけない行為なら、問題ないのですが、その逆のため問題となっている訳です。
もっとも重要なことは、これまで述べたタバコの有害性とタバコの持つ依存性に気づき、喫煙には何も良い点がなく、有害で他人に迷惑な行為であることをしっかり意識することです。喫煙者の皆さん、思い出して下さい。あなたはタバコを吸い始める前、不幸で、不満足でしたか? そうではないはずです。あなたの子供に喫煙の利点を挙げ、勧めますか? そんなことはしないはずです。喫煙の利点と思っていることは喫煙自体が生み出した幻影で、失うことは何でもありません。また、禁煙することはつらくて、我慢のいる苦行ではありません。食事も美味しくなり、咳・痰も消え、喫煙で費やしていた時間、お金も戻ってくる素晴らしい行為であると前向きに捉えてください。
具体的なアドバイスを少し加えます。
医療的支援として、ニコチン代替の薬品があります。上記でも上手く禁煙できない方、特に身体的依存の強い方は試してみる価値があります。呼吸器内科を受診し、ご相談下さい。但し、魔法の薬ではありませんので過度な期待は禁物です。
タバコと縁を切り、きれいな空気を胸一杯吸い込みましょう。体の重みが、空の色が、吹く風の心地良さが変わってくることでしょう。
禁煙七年目の医師より。