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けんこう家族 第116号【4】

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白内障闘病記

精神科部長 亀山 知道

精神科部長
亀山 知道

前回まで、うつ病について書いてきました。次は、神経症について書く予定でしたが、神経症の話は次回以降に回して、今回は予定を変更して、白内障闘病記を書きます。

昨年の8月に、86歳の私の母が当院の眼科で白内障の手術を受けました。母は以前から左眼が悪く、目の前の物があまり見えません。右眼は白内障だけなので、目の前の物は見えるのですが、暗いと見えにくくなります。ある日の昼間、暗い部屋で、自分のまん前に立っている人が見えなかったというショックな経験をして、白内障の手術を受ける決意をしました。

通院中のクリニックの先生に紹介状を書いていただき、当院の眼科外来の予約を取って、受診しました。詳しい検査の結果、右眼の白内障の手術を行なうことになりました。母の右眼の白内障の手術は3泊4日の入院で行なわれました。具体的には、木曜日に入院。入院2日目の金曜日に手術。3日目の土曜日は様子をみて、4日目の日曜日に退院でした。

手術は局所麻酔で行なわれました。母によると、局所麻酔なので意識はあり、痛みは全くないが、何をやっているか良く見えるのだそうです。それでついつい緊張してしまい、肩に力が入ったと言います。そんな中、手術室の看護師さんに、「手術は順調に進んでいますよ。」と、声をかけていただいたのが、非常に心強かったそうです。

手術が終わって、病室に戻って来た時には、手術を受けた右眼は完全にふさがれておりました。左眼だけではあまりよく見えない母は、「退院の時は、電車では無理。タクシーで帰るしかないね。」と、ちょっと弱気になっていました。夕食はひとりで食べましたが、左眼だけで食べるのは辛そうでした。夜のトイレが心配だったのですが、看護師さんから、「今夜は、トイレに起きる時には必ずナースコールを鳴らして下さい。」と、きつく指示されたのを聞いて、私は帰宅しました。

手術翌日の土曜日は、朝早くに主治医の診察がありました。診察後、眼を保護するステンレスの眼帯を右眼につけて戻ってきました。眼帯にはいくつか穴があいており、その穴から、物がはっきり見えていたのです。「見える。見える。はっきり見える。目が見えるということは素晴らしいことだ。明日、タクシーは必要ない。電車で帰れる。」と、明るい元気な声で、病室に戻ってきました。「右眼の見え方が手術前と全然違う。明るくてはっきり見える。それにしても、私の顔は前からこんなにしみとしわがあったかね。」と、鏡を見ながら言いました。

日曜日の朝早く行ってみると、既に普段着に着替えており、「朝食をいただいたらすぐに退院する。」と言うのです。しかし、看護師さんに、「退院前に医師の診察があります。その結果、医師の許可がおりるまで退院はできません。」と言われました。医師の診察は無事終わり、退院許可がおりました。眼科スタッフ皆様のおかげで、母は目の前が明るくなったばかりでなく、気持ちも明るくなって、元気に退院することができました。

この入院期間中、スタッフの皆様が、一番心を配っていたことは、手術した眼に、絶対に感染を起こさせないことでした。その姿勢は、ひしひしと感じ取ることができました。

白内障手術の入院スケジュールはパターン化されており、マニュアルが作られていることも、患者や患者家族には心強いことでした。マニュアルを読んで事前に準備することができましたし、忘れても読み直して再確認することができました。

最近は、白内障の手術を日帰りで行なう施設が増えていると聞きますが、母のように高齢で、時間の余裕がある方には、3泊4日の入院が最良であると感じました。

白内障 術後に気づく しみとしわ

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